初めて文章を書くわけではないけれど、小学生が初めて作文を書き始めるようなそんなスタートだったと思える。大学時代は理系だったために文章書くことから程遠く離れていて、いきなりブログを書いて記事を添えるなんてことも勇気の要ることでした。
でも記事を書いていく中で自分の気持ちなどを正直にタイプしているといつの間にか文字数が増えていくのに後から驚くのです。
すると頭に詰まっていた色々なことを吐き出すことによってなんだか頭もスッキリし、意外と物書きも楽しいものだと思えるようになりました。
自分が自分の感性によって出て来る言葉がたとえおかしくてもその気持ちを文章にするのですから良としようと自分に言い聞かせ自分なりの言葉に置き換えて表現しています。
私は本をあまり読みませんが、人の生き様などを書いた本にはとても興味があるのでそういった本に関しては読むことが多いです。
人の考え方により自分の生き方に何か影響が出てくるのかとか、あるいは刺激を受けるのかとか、その上もしその方が人生の荒波に立たれた時はどうやって乗り越えられていったのか、その時の周りの反響はどうだったのか、細かい人間模様を文章に淡々と書き綴れていることを文章から悟る時、心にジーンとくれば、私自身の勉強にもなることが多く、みんな、必死に頑張っているんだな〜と私自身の励みにもなります。
人って一人では生きて行けないですよね。人が人と支え合って行けばそれがその枝はが次へ次へと歯車のようになって気持ちは不安にはならないのかもしれませんね。
みんなの争いが少しでも減るようになって行けばいいのですが。
ブログは人に見せる形にはなりますが、あくまでも何かの参考になりちょっとした言葉で元気をもらい、自分も頑張ってみようと言うプラス思考になっていくものだったら本当にありがたい伝達機構だと思います。
Eメールがこの世に出た頃、本当に便利になってありがたかったですね。便箋に文字を書いて封筒に入れて、郵便局に行って切手を貼りそして遠方だったら外国に送ったりして1週間以上経ってやっと届く。これが今ではパソコンの送ると言うボタンを押すだけでもう何秒間で相手のところまで届いてくれるので時代の便利さを共感しています。
こう言う便利な時代になると、文章を書くことの貴重さも忘れ、単語一つで要件を満たしてくれるようにもパソコン自体にも設定されたりもするので、ついついその癖がつき文章力に自信がなくなってくるという悪循環。
もう一度一から自分が今の時代についていくためにも流れに乗りながら古い昔の良かった部分を少しは取り入れながらバランスをもった生き方をすればいいと思います。そういった意味においてもブログを始めた意味があると思いました。
自分に向けた言葉でそしてこれを目にした人が何かちょっとは参考になる、世の中にはこんな人もいるんだーとか、ちょっとしたことが励みやら自分のライフとちょっとは重なるところもあるかもしれません。
自分が使って良かったものとか、それにまつわるエピソードを一緒にお話ししたりすると、自分も試してみようという気持ちには確かにはなりますよね。
特に美容関係などは実際自分の問題に対して解決した時に使ったものなどというのは特に興味が集中するはずです。
交流を深める一つの手段でこの自分のサイトから発信するこの私にとっての新しい試みは自分をもう一度おさらいするといったことにもつながっています。
始めたばかりでまだアイデアが形にはなっていませんがだんだんと指のタイプする音もリズミカルになってきているのは確かです。
メールでのやり取りもしっかり自分の考えを文章にして心のわだかまりを緩和することもできています。
私にとってのブログは自分自身の考えを自由自在にブログを使ってスピーチしている感覚です。記事を書くことはいいことですね。